都電荒川線 東京さくらトラム 路面電車

雑司ヶ谷

都営雑司ヶ谷霊園と清立院

 

 

鬼子母神前から雑司ヶ谷に至る間の、左 右の街区が雑司ヶ谷である。
この雑司ヶ谷 周辺には、法明寺を中心とする日蓮宗寺院 が多い。

 

宝城寺・本納寺・清立院・本教寺 に本立寺などなど。
こういう雑司ヶ谷の一部と南池袋四丁目 の広大な地域を占めるのが、都営雑司ヶ谷 霊園である。

 

面積約十一万五四○○m。江 戸時代は徳川家の薬園であった。

 

明治初年 (一六八) 種苗園となり、同七年(一八四)に東京 市の共同墓地になり、雑司ヶ谷墓地とよば れた。

 

いわば公園墓地のはしりで、墓地特 有のあの陰湿さがないのがいい。

 

墓域は舗 装された小道で区分され、それらを木立がおおう。

 

かっこうの散歩道といえようか。
この霊園には、成島柳北・押川春浪・綱 島梁川・小泉八雲・夏目漱石・島村抱月・ 岩野泡鳴・泉鏡花・森田草平・竹久夢二・永井荷風・久保田空穂ら学者の墓や、ケーベル・伊沢修二・中浜万二郎といった著名人の墓が多い。

 

 

このほか、幕末に活躍した岩瀬忠震・小 栗上野介忠順らの旗本、小石川養生所を創設した小川笙船らの墓がある。
これらにま じってひときわ異彩を放っているのが、鬼薊清吉の墓である。

 

 

のち、日蓮宗に改めた。
「かさもり薬王菩薩 安置清立院」の石標が立っているのをみてもわかるように、皮膚病に効験がある菩薩を 祀っている。

 

清立院は尼寺である ためか、その雰囲気はつつましい。