都電荒川線 東京さくらトラム 路面電車

早稲田

早稲田はその名の通り、生育の早い稲の品種を植えた田んぼであった。

 

それに今はすっかり忘れ去られてしまったが茗荷の(みょうが)の産地であった。

 

こういう早稲田田んぼに、東京専門学校が創立されたのは明治15年のことである。

 

設立者の大隈重信がこの低湿地を選んだのは、地下が安かったからという。

 

明治15年(1903年)東京専門学校は早稲田大学と改称し、周囲の町々も下宿屋や商店の並ぶ学生街に一変した。

 

この学生街も戦後はよそと同じように大きく様変わりした。
とは言うものの学生街らしい面影があちこちに残り、往時をしのぶよすがとなっている。

 

レストラン高田牧舎、喫茶店早稲田文庫などがそれだ。

 

昭和3年(1926年)に建てられた演劇博物館もそういうひとつであろうか。

 

シェークスピア時代のフォーチュン座を再現した博物館には欧米演劇、東洋演劇、日本演劇の資料が数多く収蔵展示されている。

 

建物も演劇資料というユニークさがいい。