都電荒川線 東京さくらトラム 路面電車

町屋二丁目・町屋駅前

町屋村から町屋へ

 

町屋は比較的早くから開墾され「町屋」が できたと思われる。
この地域から鎌倉後期 の板碑が出土しているから、すでに中世に は村落が形成されていたらしい。

 

とはいう ものの中世村落の跡は不明である。

 

文政年 間 (1818−30) 松平定常はその著『三浄一覧』 に、このあたり、田畝のうちに古墓多し、 と書いている。

 

慶長年間(1596−1615)の開創といわれる 慈眼寺境内の石仏群は江戸期のものが多い が、けっこう古びており、町屋の歴史を物語っているようである。

 

町屋村時代、村の鎮守として勧請された町屋稲荷には、正保四年(1647) 造立の庚申塔が立っている。

 

区内ではもっとも古い。

 

ともあれ江戸時代は田園地帯で、米のほ麦・大豆などを産出した。

 

特産に荒根があった。明治になると近代工業 が進出し、中小の工場が建った。とはいうものの田畑の多い地域ではあった。

 

都市化がすすんだのは王子電車が開通してからである。

 

電灯が点ったのもこの時期、 明治四十四年(1911年)である。

 

今次大戦で被 災したがいちはやく立ち上がり、現在の街 区ができた。

 

昭和四十六年(1971年)、千代田線の駅ができてからは、いっそうである。

 

「京成町屋駅の近くに泊船軒という古寺がある。
太田道灌ゆかりの寺である。

 

道灌は泊船軒 (亭) などを設け、詩歌をつくったのは有名。

 

ここにも「山吹の里」の伝承がある。