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飛鳥山

飛鳥山の桜

 

元文のころ(1736−41) 将軍吉宗が山桜を植えさせて以来、飛鳥山は桜の名所となった。

 

「年を越えて花木林となる。爾しより騒 人墨客は句を摘み章を尋ぬ。牧童樵夫は株を刈り薪をとる。

 

殊にきさらぎ、やよひの頃は桜花爛漫として尋常の観にあらず」(『江戸名所図会』)。戦時中、荒廃したが再生した。

 

滝野川一丁目の停留所を出て、飛鳥山停留所に入ると、荒川線はほどなく本郷通り (旧岩槻街道)と合さる。

 

その右手一帯が飛鳥 山公園である。中世は豊島氏の領地で、元享年間(1三|西)紀伊新宮の飛鳥明神を勧請したことから山名となった。

 

江戸時代の元文のころに将軍吉宗がこの地に山桜を植えさせたことは先に書いたが、それ以後も補植をつづけたので、飛鳥山は 江戸近郊第一の桜の名所となった。

 

山頂には、成島錦江撰文の「飛鳥山之碑」や、勝海舟のきも入りで立った佐久間象山の「桜賦碑」がある。

 

明治六年(1873年)、日本で最初の公園となった。
飛鳥山公園に隣接して旧渋沢栄一邸があ る。

 

庭内には栄一の胸像が立っている。

 

現在、この旧邸は竜門社が管理している。